筆者があらゆるドラクエ関連のレビューを読んだ中で、一番スリルがあり鬼気迫る読後感と感動を覚えたのが『CURE キュア』などの作品で知られている黒沢清の著書『映画はおそろしい』
に掲載されていたドラクエⅡに関するエッセイである。以下そのページを引用しよう。
「FFⅢをめぐる対談記事の中の、高橋源一郎氏の発言を読んで、ハタと膝を打ってしまった。氏は”やはりドラクエⅡが最高である。ドラクエⅡには殺意が感じられた”と語っている。
そうなのだ。ドラクエⅡ。あれは確かに凶暴なゲームだった。プレイヤーが手塩に掛けて育てたキャラを、容赦なく皆殺しにしてしまおうとするドス黒い意志が全編を支配していた。ダンジョンの奥底でやっと見つけた宝箱を前にして、突如出現したキラータイガー四頭立てによる先制攻撃。それは悲惨としか言いようのない状況だ。バタバタと死んでゆく仲間たちは、棺桶と化して教会へ送り返される。この屈辱から立ち直るのは並たいていのことではない。
いったいいつの頃からだろうか。RPGがキャラを育てるゲームであるという認識が一般的になっていったのは。確かに、主人公がだんだん強くなってゆくのを見るのは楽しい。所持金がうんとたまれば、思わず顔がほころんでしまう。しかし、お金や魔法値を精一杯節約し、取れる宝は全部取って、最短コースでゴールに向かうだけがRPGではないはずだ。終了した時、100万Gたまっていたからといって、いったいなにが楽しいのか。巨大なドラゴンのボスを一刀の元に斬り捨てたからといって、何が偉いのか。RPGが効率よくコトを進めればよいだけのゲームに成り下がってはならない。
ドラクエⅡに戻るべきである。たかがマンドリルくんだりにボロ負けして、命からがら城へ逃げ帰ったことを思い出そう。あれは、はっきり生きるか死ぬかのゲームだった。キャラを育てようなどと考える余裕はなく、僕たちはただ何とかして生き残ることだけを考えていた。ふと気付くと、確かにキャラは成長しているのだが、そんな満足など吹っ飛んでしまうほどの凶悪な罠がすぐ先に仕掛けてある。でも、僕たちは負けなかった。
最初、城の周りを逃げ腰でうろつくだけだった自分が、いつの間にか強靭な意志と勇気を持って死に挑みはじめる。ドラクエⅡは、そんな自分自身のけなげさに涙するゲームである。
はっきり言おう。RPGとは、断じてキャラを成長させるゲームではなく、プレイヤー自身が成長してゆくゲームなのだ。」(P.186-187)
もう20年以上もまえに僕が見出した法則の一つに,「悩んでいる人は,解決方法を知らないのではなく,それを知っていてもやりたくないだけだ」というものがある。方々で何度も書いたり話したりしている。
悩んでいる人を揶揄しているのではない。人間というものは,自分のことを一番よく考えている。貴方のことを一番考えているのは貴方なのだ。これは例外なくすべての人に当てはまることだろう。
どうすれば良いのかは,わっているけれど,その方法を素直に選択できない状況下にある。だから悩むのである。
解決の方法がないわけではない,というのが,この法則の意味だ。道に迷っているのではない。道は目の前にあるけれど,なんらかの理由でその道を通りたくないのである。
森博嗣 (2009). 自由をつくる 自在に生きる 集英社 p.109
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I’m Standing on the Shoulders of Giants. やりたくないだけ
2010-11-21
(via mcsgsym)
126 家事手伝い(京都府) :2009/03/21(土) 23:58:02.49 ID:U36UQjBz
- 人生を変える名言・格言 (via dsinka)
自由というのは飽きるまでは気分がいいものだ。
- ザ・ゴール / エリヤフ ゴールドラット (via highlight)
遅延で超電車混むじゃん、んで目の前の席が1人分だけ空いたんだけど
「混み過ぎてる時座っちゃうと降りる駅についても立てなくなりそうで嫌だな」とか思ったんだけど
後ろから押し込まれてやむを得ず座ったのね
んで目の前に女子高生が立ってたんだけど
捕まる所がなくて俺の座ってる後ろの窓に手ついて踏ん張ってたのね
半袖のブラウスの袖口がモロ眼前にあったのね
吸える空気はほとんどブラウスの袖口の中の空気なのね
んでもうなんか視界がほとんど肌色なのね
あと汗をたっぷり吸った水色と
時々下方向にフレームアウトしていく玉の様な汗が見えるんだけど
精一杯首を左右にやろうとしても
右で吸うか左で吸うかぐらいのとこまでしか曲げられなくてですね
五反田から渋谷当たりまでは吸ってたと思うんですが
新宿で降りてちんちんがもうぬるっぬるだったんで
ともかくトイレに行きました
- 山手線で乗客が素手で - 二次元裏@ふたば (via enya-rr)
女のパンツ履いてスカート履くと女がどれだけエロい生き物かわかって驚愕する
- 驚愕する 続・妄想的日常 (via yasunao)
日本に来た外国人、複数の人から「松屋はグレイト! 素晴らしい!」と聞かされた。
安い、自販機だから支払がラク、しかし一番はボタンにメシの写真がついてること。
あれは言葉がわからなくても好きなメニューを選べてとても嬉しいそうだ。
- 日本びいきの外人を見るとなんか和むスレのまとめ おれたちがこれから通る道(part66スレ) (via partynight12th) (via thomyou) (via kuwataro) (via gkojax-text) (via atm09td) (via flatmountain) (via k32ru)
結局のところ、広く社会通念がはびこるところというのは、めちゃくちゃ儲かるのだ。
就職だけではない。
受験、結婚、住宅、投資、保険、葬儀etc
こうでなければならない、こうなりたいという強迫観念が、あなたの判断力をねじまげる。
そして、社会通念に異を唱えるだけで、注目度が集まる新参者にとっても格好の市場でもある。
自分の判断軸を持っていない人間は、必ず搾取される。
それが人生の早い段階で気がつくか、遅い段階で気がつくのかどちらが幸せかは、わからない。
- 就活論を熱く語ってる人間には、それでメシ食ってる人間か、女子大生と一発ヤリたい人間くらいしかいない。 - 拝徳 (via rpm99)
613 :おさかなくわえた名無しさん:2007/11/06(火) 11:23:10 ID:ZnenZJSl
小・中・高ってずっとコンビニ食だったけど
俺んち貧乏でカーチャンが休みなくパートで稼いでくれてたから
毎日 弁当代って500円もらうだけでものすごい愛情を感じたよ。
2、300円や適当な弁当じゃ友達に恥ずかしいべ?って、
自分は冷や飯チンしたおにぎりと水出しの麦茶を「色気ない弁当」って言って
俺に捻出してくれてた500円だった。
自分だって疲れてて昼休みに好きなもの食べたり
パート仲間とお茶したりしたいだろうにさ。
教室のベランダで
友達と買い物した弁当食いながらダベってたら
ふと みんなで並べた食い物の見た目や栄養のカラフルさに気づいて、
「俺が食ってんのカーチャンの寿命とかじゃないかな」って
ぽたぽた涙止まんなくなった。
パン食ってるやつも手作り弁当のやつも泣き始めて、
その週の土曜日にみんなで集まって調理して
自分たちのカーチャンとか身内に弁当作った。
アニメのしんぼとクッパパ観てる世代故に
かぼちゃチャーシュー麺とか歌ったり
山岡クン!とか言いながら炒飯作ったもんだから
今回の読んで色々思い出してしもうた。
40 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2009/02/15(日) 09:59:31 ID:AxzISkDp0
原爆落とされました。
多くの人が殺されました。
二度とこんな事は御免だと思いました。
ここまでは良い。
「じゃあ、どうしましょう?」という提議に対する答えが
「持たない、作らない、持ち込ませない」ってナニ?
なぜ「落とさせない」が最初に来ないのか本当に不思議なんですけど。
日本帝国は原爆を持っていなかった。
基礎研究はしてたけど作ってはいなかった。
もちろん、他国の軍隊を駐留させてなかったので持ち込ませてもいなかった。
だけど広島で12万、長崎で7万が殺された。
人類史上、最初の原爆投下で非核三原則なんて何の役にも立たないって
完全に証明されているのに、何でこんなモノを大事にしなきゃならないのか
本当にわからない。
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ホントにね。日本の「平和運動」はほとんど宗教
(via mcsgsym, makototz)ほめるにあたっては生徒を二つのグループに分け、一方のグループではその子の能力をほめた。「まあ、8問正解よ。良く出来たわ。頭がいいのね。」といった具合。
もう一方のグループでは、その子の努力をほめた。「まあ、8問正解よ。良く出来たわ。頑張ったのね。」といった具合。
グループ分けをした時点では、両グループの成績はまったく等しかった。
そして、子供達に、新しい問題を見せて、新しい問題に挑戦するか、同じ問題をもう一度解くのか、どちらかを選ばせるという実験を行った。すると二つのグループの間で、明確に差が現れた。
まず、頭の良さをほめたグループは、新しい問題を避け、同じ問題を解こうとする傾向が強くなった。ボロを出して自分の能力を疑われるかもしれないことは、いっさいやりたがらなくなった。一方、努力をほめられた生徒達は、その9割が、新しい問題にチャレンジする方を選び、学べるチャンスを逃さなかった。
つまり、子供が努力した事をほめると、子供は努力する事に喜びを感じるようになるのだ。
それでも「やる気が出ない」というなら、「やる気にならないとできない」と思っていること自体が間違いだと言いたいです。こういった悩みを抱える人に対する代表的な心理療法で、『森田療法』というのがあります。1920年代に精神科医の森田正馬先生によって提唱されたもので、分かりやすく言えば、「感情を意識せず、体だけ動かしなさい」というものです。 「体がだるい」「疲れている」「落ち込んでいる」……そんなときに「元気を出して、やらなきゃ」なんて思うことでやる気を出せる人なんていません。そんな感情を意識すると、ますます何もできなくなりますから、やる気も元気もないし、気分が晴れないままでもいいので、淡々と体だけ動かすんです。 (中略) 『やる気』というのは、そうやって自分が「やった」という体験を積み重ねていくことによって生まれるものなんです。
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POLAR BEAR BLOG: 「やる気」は後からついてくる
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後からついてくるってこういう事だったんか・・・
だからってできるかどうかは別だけど><
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